ドヴァーパラ・ユガ・ディヴァサ
ドヴァーパラ・ユガ・ディヴァサについて
ドヴァーパラ・ユガ・ディヴァサは、ヒンドゥー教の宇宙観で語られる4つの循環する時代のうち、3番目にあたるドヴァーパラ・ユガの始まりを象徴する吉日です。
暦の上では、パールグナ月(2月〜3月)の新月(アマーヴァシャー)にあたります。
ヒンドゥー教の宇宙観では、時間は直線ではなく循環するものと考えられます。
その中で、世界は4つの時代「ユガ」を繰り返し、霊的な成長と衰退を経験するとされます。
このユガは、もっとも純粋な「サティヤ・ユガ」から始まり、「トレーター・ユガ」、「ドヴァーパラ・ユガ」を経て、最後に混乱の時代「カリ・ユガ」に至ります。
この4つの時代が一巡する432万年が「マハーユガ」と呼ばれ、これを千回繰り返して創造神ブラフマーの一日が過ぎます。
ドヴァーパラという名前は、サンスクリット語の「ドヴァ(2)」という数詞からきており、この時代から世界に明確な「二元性」が芽生えたとされています。
善と悪、光と影、精神と物質が分かれ、それまで一体だった真理が二つに分かれる人類意識の転換点となりました。
4つのユガの長さは、サティヤ・ユガが172万8000年、トレーター・ユガが129万6000年、ドヴァーパラ・ユガが86万4000年、カリ・ユガが43万2000年で、4:3:2:1の比率となり、霊的な質もこの比率で減少していくとされます。
この時代の変化は「ダルマの牛」という比喩で表現されます。
ダルマ(宇宙の秩序・正義)を象徴する牛は、サティヤ・ユガでは4本の脚――タパス(苦行)、シャウチャ(清浄)、ダヤー(慈悲)、サティヤ(真実)――で立っていましたが、時代が進むにつれて脚を失っていきます。
トレーター・ユガでタパスが失われ3本脚となり、ドヴァーパラ・ユガではシャウチャも失われて2本脚になり、慈悲と真実だけで立つ状態になります。
これにより正義と不正が拮抗し、何が正しいかが自明ではなくなり、真理や知識は努力して探求する対象になると伝えられます。
時代に応じて霊的実践も変化します。
サティヤ・ユガでは瞑想によって神との一体を得やすく、トレーター・ユガでは火の供儀ヤジュニャが重視され、ドヴァーパラ・ユガでは寺院礼拝や神像奉仕であるアルチャナが中心になるとされます。
ドヴァーパラ・ユガは、クリシュナ神の降臨により霊的頂点に達しました。
クリシュナ神はヴィシュヌ神の8番目の化身で「完全なる化身」とされます。
その使命は、堕落した支配者を滅ぼしてダルマを回復することと、来たるカリ・ユガを生き抜くための知恵を残すことでした。
その代表が、ドヴァーパラ・ユガが人類に残した最も偉大な霊的遺産「バガヴァッド・ギーター」です。
この聖典では、クルクシェートラの戦場で苦悩するアルジュナに対し、クリシュナ神がカルマ・ヨーガ(執着なき行為)、バクティ・ヨーガ(献身)、ジュニャーナ・ヨーガ(知識)を説く流れが示されます。
現代はカリ・ユガの時代とされますが、ドヴァーパラ・ユガの教えは今も有効です。
外の世界がどれほど不安定でも、内なる神性への道は決して閉ざされていません。
ドヴァーパラ・ユガ・ディヴァサを祝うことは、宇宙の壮大な時間の流れの中で自分の位置を見つめ直し、変わることのない真理を内側に見出す機会と考えられています。