デーヴァ・サーヴァルニ・マンヴァーディ
デーヴァ・サーヴァルニ・マンヴァーディについて
ヒンドゥー教では、創造神ブラフマーの1日を「カルパ(劫)」と呼びます。
その長さは、人間の時間に換算するとおよそ43億2千万年という、気が遠くなるほどの時間です。
このカルパはさらに14の期間に分けられており、それぞれの期間には「マヌ」と呼ばれる統治者が置かれます。
このひとつの期間は「マヌの治世」を意味する「マンヴァンタラ」と呼ばれ、その長さは約3億672万年にも達します。
マンヴァンタラが変わるたびに、神々や七聖仙、さらに神々の王までもが入れ替わり、世界の秩序そのものが大きく刷新されます。
また、各マンヴァンタラの初日である「マンヴァーディ」は、宇宙の創造力が地上に満ちる特別な日とされ、重要な節目として位置づけられています。
このヒンドゥー教が説く雄大な宇宙の流れにおいて、第12番目のルドラ・サーヴァルニ・マヌからバトンを受け継ぐのが、第13番目のデーヴァ・サーヴァルニ・マヌです。
一般に「ラウチャ」と呼ばれるマヌと同一視されることもありますが、『バーガヴァタ・プラーナ』においては「デーヴァ・サーヴァルニ」という固有の名で記されています。
その名は「神々(デーヴァ)に属するサーヴァルニ」、あるいは「神聖なる性質を持つマヌ」を意味します。
デーヴァ・サーヴァルニ・マヌの時代は、人間的な葛藤や祖先の因縁を超え、より純粋な神性が地上に顕現する、静謐で高貴な時代となることが示唆されています。
デーヴァ・サーヴァルニ・マヌの統治が始まるとされる神聖な日、すなわちマンヴァーディ・ティティは、バードラパダ月(8月〜9月)の新月、「バードラパダ・アマーヴァシャー」にあたります。
これまでのマヌの記念日の多くが光り輝く満月や上弦の月であるのに対し、サイクルの終わり近いデーヴァ・サーヴァルニ・マヌの日が、月明かりのない「新月」である事実は極めて象徴的です。
しかし、ここでは「闇」は恐怖や祖霊の領域としてではなく、自我(月)が消滅し、神聖な静寂の中で純粋な意識だけが残る「解脱に近い状態」を表しています。
デーヴァ・サーヴァルニ・マヌは、一説に、神々自身の純粋なエネルギーから生じた存在であると解釈されます。
デーヴァ・サーヴァルニ・マヌは、自らの力や家系を誇示する王ではなく、神の意志(ダイヴァ)をそのまま体現する「神の代理人」としての性格を強く持っています。
それゆえ、デーヴァ・サーヴァルニ・マヌの治世において、人類は個人の欲望を満たすための活動を減らし、神聖な法との完全なる一体化を目指すようになります。
物質的な繁栄よりも、精神的な純潔さが至上の価値とされる時代です。
この第13番目のマンヴァンタラにおいて、神々の王インドラの座には「ディヴァスパティ」という名の神が就くと予言されています。
この名は「天界の主」あるいは「昼の主」を意味します。
記念日が「新月の闇」であるにもかかわらず、その支配者が「昼の主」であるという対比は、外部の世界が暗闇(カルパの終わりの接近)に包まれたとしても、内なる神性は昼のように明るく輝き続けるというメッセージを伝えています。
また、人類を導く七聖仙(サプタリシ)には、ニルモーカやタットヴァダルシンといった、悟りの境地を表す名を持つ賢者たちが選ばれています。
彼らはもはや儀式や祭祀を説くのではなく、迷いを断ち切り、宇宙の究極的な真理を直接知覚する道を人類に示します。
バードラパダ月(8月〜9月)の新月、漆黒の闇に包まれた夜、私たちは第13番目のマヌの神聖な波動に心を合わせます。
この日は、自分の中にある「神(デーヴァ)」の部分を目覚めさせるための日です。
デーヴァ・サーヴァルニ・マヌは、外側の光が消え、静寂が訪れたときこそ、私たちは自身の本質である神性を最も鮮明に感じ取ることができるのだと教えてくれています。
この夜、言葉少なに内面を見つめることは、来るべき宇宙の休息に備え、魂を最も清らかな状態へと戻すための聖なる儀式となります。