ターマサ・マンヴァーディ
ターマサ・マンヴァーディについて
ヒンドゥー教では、創造神ブラフマーの1日を「カルパ(劫)」と呼びます。
その長さは、人間の時間に換算するとおよそ43億2千万年という、気が遠くなるほどの時間です。
このカルパはさらに14の期間に分けられており、それぞれの期間には「マヌ」と呼ばれる統治者が置かれます。
このひとつの期間は「マヌの治世」を意味する「マンヴァンタラ」と呼ばれ、その長さは約3億672万年にも達します。
マンヴァンタラが変わるたびに、神々や七聖仙、さらに神々の王までもが入れ替わり、世界の秩序そのものが大きく刷新されます。
また、各マンヴァンタラの初日である「マンヴァーディ」は、宇宙の創造力が地上に満ちる特別な日とされ、重要な節目として位置づけられています。
このヒンドゥー教が説く雄大な宇宙の流れにおいて、第3番目のウッタマ・マヌからバトンを受け継いだのが、第4番目のターマサ・マヌです。
「ターマサ」という名前は、一般的に「闇」や「暗性(タマス)」を意味する言葉に由来しますが、この文脈においては否定的な意味ではありません。
それは、創造の過程における深遠な静寂や、光が生まれる母体としての根源的な闇を表していると解釈されます。
ターマサ・マヌの時代は、物質界の重厚さが増し、魂が肉体という「物質の衣」を深く纏い始めた時期であり、それゆえにこそ、神への純粋な帰依が魂を解放する唯一の鍵となることが示された時代でした。
ターマサ・マヌの統治が始まったとされる神聖な日、すなわちマンヴァーディ・ティティは、カールッティカ月(10月〜11月)におけるシュクラ・パクシャ(新月から満月へ向かう半月)の12日目(ドヴァーダシー)、「カールッティカ・シュクラ・ドヴァーダシー」にあたります。
この日は、ヴィシュヌ神が4ヶ月の眠りから覚めるとされる重要な日(プラボーディニー・エーカーダシー)の翌日に位置しています。
神が目覚め、宇宙の活動が再活性化されるこのタイミングにターマサ・マヌの記念日が置かれている事実は、ターマサの時代が「覚醒」と「救済」をテーマにしていることを強く示唆しています。
このマンヴァンタラにおいて起きた最も象徴的な出来事が、有名な「ガジェーンドラ・モークシャ(象の王の解脱)」の伝説です。
ある時、象の王ガジェーンドラが湖で水を飲んでいると、巨大なワニに足を噛まれ、水中に引きずり込まれそうになりました。
自らの力や群れの仲間たちの助けではどうにもならないと悟ったガジェーンドラは、最後の瞬間にエゴを捨て、一本の蓮の花を鼻で掲げてヴィシュヌ神に助けを求めました。
その祈りに応え、ヴィシュヌ神は瞬時に現れてワニを倒し、ガジェーンドラを救い出しました。
この物語は、力の誇示や自力への執着(タマス)を捨てて神に委ねることで、魂は絶体絶命の危機から救われるという、バクティ(信愛)の真髄を伝えています。
ターマサ・マヌの時代、宇宙の管理者たちもまた、勇気と保護を象徴する存在でした。
神々の王インドラの座には、強力な「トリシカ」という名の王が就きました。
また、七聖仙(サプタリシ)には、ジョーティスやダーマといった、光や大地に関連する名を持つ賢者たちが選ばれ、物質界の中でいかに霊性を保つかという知恵を人類に授けました。
カールッティカ月(10月〜11月)のシュクラ・パクシャの12日目、月が満月に向かって大きく膨らんでいくこの夜、人々はターマサ・マヌを偲び、ヴィシュヌ神への祈りを捧げます。
この日は特に、困難な状況にある人々にとって重要な意味を持ちます。
ガジェーンドラが水底の闇から光の中へと引き上げられたように、私たちもまた、人生の苦難(闇/ターマサ)の中で真摯な祈りを捧げることで、必ず救済の手が差し伸べられると信じられています。
ターマサ・マヌの物語は、闇とは恐れるべきものではなく、そこから救済の光を見出すための舞台であることを、静かに、しかし力強く私たちに教えています。