マガー・シュラーッダ
マガー・シュラーッダについて
ヒンドゥー教の宇宙観では、天空の星々は神々の意思を映し出す存在とされ、人間の運命や霊的な営みと深く結びついています。
その中でも、月の通り道を示す二十七の星宿「ナクシャトラ」は、日々の吉凶や儀式に欠かせない指針としてあります。
このナクシャトラにおいて、祖霊との交わりに特別な力を持つとされるのがマガー・ナクシャトラです。
毎年、バードラパダ月(8月〜9月)の満月から次の新月にかけての約二週間に行われる「ピトリ・パクシャ(祖霊祭)」において、このマガー・ナクシャトラが重なる日に行う祖霊供養「マガー・シュラーッダ」は、祖霊に最も届きやすい祈りとされています。
マガーという名称はサンスクリット語で「偉大なるもの」「惜しみなく与えるもの」を意味し、その象徴は玉座や輿です。
玉座は王が座す場であり、一族の権威と伝統の中心を示します。
それは祖先から未来の後継者へと受け継がれる家系の正統性の象徴でもあります。
それ故に、このナクシャトラのもとで供養を行うことは、祖先の前に子孫が進み出て敬意を表す神聖な謁見のような行為になるとされています。
マガーの特異性を決定づけるのは、守護神が祖霊そのものである点です。
二十七の星宿の中で祖霊が直接守護するのはマガーだけであり、ここが祖霊の世界と地上をつなぐ霊的な門とされています。
さらに支配星はケートゥで、過去世のカルマや解脱を司る存在です。
祖霊は私たちにとってカルマの源流であり、マガーの日に行う供養は、家系を尊ぶだけでなく、世代を超えて受け継がれたカルマの浄化を促し、祖霊と子孫を共に解放へ導く力を持つと考えられています。
マガー・ナクシャトラは三つのグナのうち「タマス」に属し、過去や物質世界との結びつきを象徴します。
その本性は峻厳であり、霊的な障害を打ち破り、祖霊をあるべき場所へと導く力を持っています。
この力は優しさだけでは届かない領域に作用し、供養の効果を確実にするものと信じられています。
マガー・シュラーッダの日に行われる代表的な儀式には、ピンダ・ダーナとタルパナがあります。
ピンダ・ダーナでは米粉などで作った団子を祖霊に捧げ、それが霊的身体の糧となるとされます。
タルパナはクシャ草を伝わせて黒胡麻を混ぜた水を供える献水の儀であり、祖霊の渇きを癒し、カルマの浄化を助けます。
黒胡麻はケートゥと深く結びついており、儀式の効果をさらに高めると考えられています。
これらの儀礼はマガーという霊的通路を通して行われることで、その効力を最大限に発揮すると信じられています。
また、ヒンドゥー教には、人は生まれながらに祖霊への負債「ピトリ・リナ」を負っているという考えがあります。
供養はその負債を返す行為であり、祖霊が満たされれば苦しみから解放され、より高い次元へと進むことができます。
祖霊の安寧は子孫の繁栄に直結し、負債が清算されることで家系を覆う不運や障害が取り除かれるとされています。
こうしてマガー・ナクシャトラのもとで行う供養は、過去を清め、現在を安定させ、未来を切り開くための大切な営みとして受け継がれています。