サーマヴェーダ・ウパーカルマ
サーマヴェーダ・ウパーカルマについて
インドにおいてヴェーダの叡智は、聖仙たちの口伝によって受け継がれ、学びの灯火を絶やすことなく守り続けられてきました。
その知識を改め、霊的な自覚を深めるために行われるのが「ウパーカルマ」と呼ばれる儀礼です。
特に音と旋律を本質とするサーマヴェーダのウパーカルマは、他のヴェーダとは異なる時期に執り行われ、独自の深みを持っています。
「ウパーカルマ」とはサンスクリット語で「始まり」を意味し、ヴェーダ学習を新たに開始するための儀礼を指します。
古代においてヴェーダの学びは雨季とともに始まり、半年の後に一度中断されました。
その間は単なる休息ではなく、自然が雨で潤いを取り戻すように、学習者もまた心身を整えて知識を内面化する期間でした。
そして再び雨季が訪れる頃、心身を清め、決意を新たにして学びを再開する区切りとしてウパーカルマが行われます。
前年の知識を一度神々に捧げ、再び授かり直すことで、学びを私有ではなく宇宙からの預かりものとして謙虚に受け止める姿勢が育まれます。
サーマヴェーダ・ウパーカルマが行われるのは、バードラパダ月(8月〜9月)のハスタ・ナクシャトラの日です。
この時期の背景には、馬の頭を持つヴィシュヌ神の化身、ハヤグリーヴァ神の神話があります。
太古の昔、悪魔によってヴェーダが奪われた時、ハヤグリーヴァ神がそれを奪還し世界に秩序を取り戻したと伝えられます。
一説に、バードラパダ月のハスタ・ナクシャトラの日は、ハヤグリーヴァ神の降誕の日とされます。
ハヤグリーヴァ神は、特にサーマヴェーダの旋律を愛したとされ、この日に学びを再開することで、知識の守護神の恩寵をより深く受けられると信じられています。
バードラパダ月は自然界の生命力が最も高まる時期でもあり、生命そのものを象徴する「音」を扱うサーマヴェーダにふさわしい時節といえます。
このサーマヴェーダの核心には「ナーダ・ブラフマン」、すなわち「音は宇宙の最高実在である」という教えがあります。
宇宙は根源の音「オーム」から生まれたとされ、旋律を伴う詠唱は神々を讃える歌にとどまらず、宇宙の振動と自己の意識を調和させる霊的な実践となります。
厳格な旋律に従って詠唱が深まると、個人の意識は宇宙全体に溶け込むような体験が生じるといわれます。
これがサーマヴェーダが目指す至高の境地であり、ウパーカルマはその霊的実践を毎年新たに確認する機会となります。
儀礼の最後には「ヴェーダーランバム」が行われ、その年の学びが正式に始まります。
清められた心で唱えられる詩句は、以前よりもはるかに力強く神聖な響きを帯び、学びは自己の成長だけでなく世界の調和にも寄与すると信じられます。
こうしてサーマヴェーダ・ウパーカルマは、浄化と再生、感謝と誓願の儀礼として、そして何より音を通じて宇宙と一体となる霊的な営みとして受け継がれています。