インド南部タミル・ナードゥ州チェンナイのヴァダパラニ地区に建つ「ヴァダパラニ・アーンダヴァル寺院」は、霊的探求の守り神であるムルガン神を祀る神聖な寺院です。
ムルガン神の六大聖地(アルパダイ・ヴェードゥ)のひとつに数えられる、崇高なパラニの寺院に匹敵する恩恵を授けてくれる寺院として知られます。
この寺院の起源は比較的新しく、19世紀後半に遡りますが、寺院の深い影響力と広範な人気は、その歴史の浅さを感じさせず、深い信仰の証となっています。
この寺院のはじまりは、ムルガン神を深く信仰していたアンナスワミ・ナーヤカルという人物の物語にあります。
重い腹部の病に悩まされながらも、彼は南インド中のムルガン神の寺院を巡礼していました。
ある夜、彼の夢の中に聖者が現れ、「ムルガン神はあなたの家の中におられる」と告げます。
その言葉を信じた彼は、自宅でムルガン神への礼拝を始めました。
さらにティルタニのムルガン寺院で、自らの舌を捧げるという深い信仰の行いをしたところ、長年の病が癒えたといいます。
その後、崇高なパラニの寺院を訪れた際、美しいムルガン神の絵に出会いますが、当時の彼にはそれを買う余裕がありませんでした。
ところが翌日、絵を売っていた店主が夢の中でムルガン神のお告げを受けたとして、その絵を彼に差し出しました。
アンナスワミ・ナーヤカルはこの神聖な絵をチェンナイの自宅へ持ち帰り、自らの家を聖地とするため、家族には別の場所に移るよう頼みます。
当初、そこはムルガン神の絵を祀るための、質素な茅葺き屋根の小屋にすぎませんでした。
しかしアンナスワミ・ナーヤカルは、神から授かった「アールル・ヴァーク」と呼ばれる予言の力によって、人々の悩みを解決する存在となっていきます。
やがて彼の信仰を受け継いだラティナサミー・チェッティヤルが、その意思を継いでこの地に本格的な寺院を建てることを決意します。
1865年に建設が始まり、アンナスワミ・ナーヤカルがこの世を去った後も、彼の魂はラティナサミーの夢に現れ、後を託しました。
こうして1890年ごろに寺院は完成し、神像が安置され、奉献の儀式であるクンバービシェーカムが執り行われました。
1920年代には大規模な改築が行われ、荘厳な塔門ラージャゴープラムが建設されます。
映画スターたちの支援も加わり、この寺院の名声は急速に広まりました。
ヴァダパラニ・アーンダヴァル寺院は、伝統的な南インドのドラヴィダ様式の建築で知られています。
寺院の正門にあたるラージャゴープラムには、スカンダ・プラーナに記された神話が精緻な浮彫りで描かれています。
祀られている主神の姿は、パラニの寺院のムルガン像に似た立ち姿です。
中でもひときわ目を引くのが、東側にそびえる高さ40メートルの塔で、108のバーラタナーティヤムの舞踊姿が見事に彫刻されています。
広々とした式場もあり、結婚式や宗教行事、講話など多くの集いが行われています。
さらに、ムルガン神のために用意された金の戦車も備えられています。
この寺院の特徴的な点の一つは、ムルガン神が履物を履いた姿で祀られていることです。
左足を一歩踏み出したその姿には、帰依者を救おうと急ぎ向かう神の強い意志が込められているとされています。
参拝者たちは、銀や金を奉納し、舌に針を刺す、髪を剃る、耳に穴を開けるといった特別な祈願を捧げます。
パラニの寺院まで足を運べない人々にとって、このヴァダパラニ・アーンダヴァル寺院は同様の恩恵を授けてくれる場所として崇められています。
中でも結婚の願いが叶う場所として名高く、年間およそ7,000組の結婚式がここで挙げられています。
また、勉学や試験の不安、縁談の進展の遅れ、病気や失業といった人生のさまざまな悩みに対しても、多くの人々が導きと癒しを求めて訪れています。
この寺院は、王室の庇護や古代文献の伝承によって発展した寺院ではなく、アンナスワミ・ナーヤカルという一介の個人の熱烈な信仰と、その後に続く遺産から生まれた寺院です。
こうして生まれたヴァダパラニ・アーンダヴァル寺院は、信仰と希望、そして奇跡が交差する聖なる空間として、多くの人々の心を支え続けています。
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