環境の日
環境の日について

毎年6月5日の「環境の日」は、1972年に開かれた国連人間環境会議をきっかけに始まりました。
当初は環境問題への関心を高めることが目的でしたが、近年では気候変動やプラスチック汚染、土地の劣化など、深刻化する地球規模の問題に対して、具体的な行動が求められる日となっています。
現代社会が抱える環境問題――気候変動、生物多様性の喪失、化学汚染など――は、単なる技術や経済だけの問題ではありません。
その背景には、人間が自然とのつながりを見失ってしまったことがあるとも考えられています。
だからこそ、法律や科学技術だけでなく、人間と自然との関係そのものを見直す視点が必要とされています。
そのヒントとなるのが、ヒンドゥー教に伝わる「アドヴァイタ(不二一元論)」の思想です。
この教えでは、宇宙は至高存在「ブラフマン」に満たされ、人間の魂も自然も、本質的には同じ存在であると説かれています。
つまり、人間と自然を切り離して考えること自体が無知による幻想であり、自然を単なる支配や消費の対象として扱うべきではないとされています。
ヒンドゥー教には、「世界は神聖な存在によって満たされている」という考え方があります。
「世界は一つの家族である」を意味する「ヴァスダイヴァ・クトゥンバカム」は、人間だけでなく、動物、植物、河川、土壌に至るまで、あらゆる生命とのつながりを示しています。
ヴェーダでは、火の神アグニ、風の神ヴァーユ、水や宇宙秩序を司るヴァルナなど、自然界の働きそのものが神聖なものとして崇められてきました。
自然は単なる物質ではなく、宇宙の均衡を支える生命的な存在として捉えられています。
そして、人間が自然の循環に感謝を捧げながら、宇宙の法「リタ」と調和して生きることが大切だと考えられてきました。
特に『アタルヴァ・ヴェーダ』の「ブーミ・スークタ(大地への賛歌)」には、大地を母として敬う思想が表れています。
「大地は母であり、私は大地の息子である」という言葉は、人間と自然の深い結びつきを象徴しています。
自然の恵みを受け取ることは認められていますが、その再生力を超えて搾取してはならないという節度の精神も重視されています。
また、「パンチャ・マハー・ブータ(五大元素)」の思想では、宇宙も人間の身体も、「空・風・火・水・地」の五元素から成り立つと考えられています。
人間は自然から切り離された存在ではなく、生態系の一部です。
そのため、水を汚したり森林を破壊したりすることは重大な罪とされ、古代インドでは森林保護や水源管理の制度も整えられていました。
『バガヴァッド・ギーター』では、人間と自然が互いに支え合う循環の思想が説かれています。
人は雨や食物など自然の恩恵を受ける一方で、自然を守る責任も担っています。
さらに、「アパリグラハ(不貪)」――必要以上に求めない生き方――も、大切な教えとして重視されています。
インド各地には、現在も「聖なる森」の伝統が残されています。
また、自然保護のために命を懸けた「ビシュノーイー共同体」の歴史も広く知られています。
1730年には、樹木伐採に抗議した363人が命を落とした出来事があり、その精神は後に環境保護運動として有名な「チプコ運動」にも受け継がれていきました。
環境保護とは、単に自然を守ることだけではありません。
それは、自分自身の命や魂を守ることにもつながっています。
「環境の日」は、自然との絆を見つめ直し、宇宙との調和を思い出す日として捉えることができるでしょう。